小長谷 達郎

 

もっとも綺麗な昆虫は?と聞かれたら何と答えるでしょうか。トンボやカマキリ、カブトムシ。多様な昆虫たちがいるなかで、色鮮やかな蝶を挙げる人も多いことでしょう。近年、動物行動学者たちは、この鮮やかさに着目し、蝶の美しさがどのように進化してきたのかを解明しようとしています。

 

一般に、鮮やかな翅をもつのは、オスであることがほとんどです。アメリカに住むアオジャコウアゲハという蝶でも、翅の背中側が青色に輝くのはオスだけです。進化論を唱えたダーウィンは、動物のオスにみられる派手な模様は、メスに好まれることで進化したと考えました。そして、その考えに合致するように、アオジャコウアゲハのメスもより鮮やかな翅をもつオスを好んで交尾しているのです。

 

それでは、なぜ、メスは鮮やかなオスを好むのでしょうか。

 

最近、私たちのグループは、鮮やかなオスほど、大きな精包をメスに渡すことを確認しました。精包は、オスが交尾の際にメスに渡すタンパク質のかたまりで、メスに消化され栄養として利用されます。つまり、アオジャコウアゲハのメスが鮮やかなオスを好むのは、鮮やかなオスほど多くの栄養を渡してくれるからかもしれないのです。

 

私たちの研究は、オスの美しさの背景に、メスにとっての栄養学的な利益が存在することを示しています。これは、この種でのみ成り立つ現象なのでしょうか。それとも、蝶や昆虫だけでなく、生物の世界で一般的な現象なのでしょうか。メスが美しいオスを好む理由には、他にも様々な仮説が提案されていて、「栄養学的利益」の重要性はまだはっきりしていません。美しさの生物学的な意味を巡る研究は、今も行われているのです。